0829 

荷造りと部屋の片付け、大掃除に追われる。


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リエカ残照。日本は大雨だと聞いた。

0828 次の準備と計画

30日から次の移動が始まるのでその準備に追われる。

街のバスセンターでチケットを購入したり、ついでに食料品の買い出しなど。


気持ち的には夏はもう終わっているのだけれど、街に出るとまだまだ暑い。日本でもそうだがこの気持ちと現実のギャップというのは結構こたえるものだ。残暑お見舞いとは本当に良く言ったものだと思う。
まあ、しかしそのうちこの暑さが恋しくなったりするのかもしれないが…。

次の旅はミラノーヴェネツィアーリンツーウイーンーリエカーザグレブーリエカープリトヴェッツェースプリットーアンコーナーローマーベルギーーオランダーリエカというこれまでにない変則行程である。約1ヶ月。
そのうち3週間は夏休み中の息子(大学2年生)が合流する。

0827 充電と緊張?

終日自宅で過ごす。たまっていたブログの更新など。

ここ2〜3日、睡眠不足である。3〜4時間寝ると目が覚める。自覚はないのだけど何か緊張しているのかもしれない。
8月はこちらに戻って来て以降充電期間にあてた。そろそろ後半の旅が始まる。
何となく無意識の中で緊張が高まっているのかもしれない。

サンシンはいつも人の顔を見たら食べ物を要求する。かなりの量のキャットフードをやっているのに、ちょっとおかしいと思い観察していると彼女の餌を近所の猫が横取りしているのが分かった。サンシンはマイーダさんによればかなりの年でそいつを排除できないでいるのだった。
彼女が食べ終わるまで横でガードする仕事が増えた。もう一心同体の関係である。
ダリンカさんは30日まで帰ってこないらしい。

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リエカ早朝。6時頃。

0826 リエカ海洋歴史博物館と市美術館

郵便局とバスセンターに用事があったので街に出る。

用事を済ませ、ついでに博物館(正式にはクロアチア沿岸の海洋歴史リエカ博物館)と市美術館へ。
前にも書いたが今まで四度ほど訪ねたにも拘らず全て何らかの理由で閉まっていたところ。博物館は特別展の準備中であったがとりあえず入れた。ここは建物はえらく立派であるが展示内容はお世辞にも良いとは言えない。多々問題あり。多分、人もいないしお金もないという理由だと思われる、
市美術館はクロアチアの約100年前という展覧会で写真で各都市のパノラマを展示していた。
また3階の特別展では第二次大戦末期から戦後にかけてのリエカの歴史を写真、模型、映像で展示していた。ここリエカは4月26日ダヌンツィオのところでも書いたが20世紀前半、列強の中で特異な歴史を経た場所なので興味深いものがあった。
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市美術館

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これは100年前のドブロブニク

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「戦災復元模型」ニュルンベルクの市博物館にもありました。
江戸東京博物館にはあったかなあ?
過去の記憶を世代に渡って繋いでいく事を考えさせられる。それはコミュニケーションデザインにとってとても大事な役割のひとつだと思う。

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今私が住んでいるトルサットです。

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0825 次の準備

終日自宅で過ごす。


調べものはやり出すときりがない。今回の場合それは大きく三つに分かれる。まずは自分がこれまで行って来た場所、見て来たものなどを対象にそれが何であったかを改めて検証したり確認したりする作業。これはそれこそ途方もない分量があってしかも「きり」というものがない。調べれば調べる程なんというか水が濁るようにさらにいろいろ分からない所も出て来るし。だから今はあまり執着しすぎるのも良くないかと思っている。

もうひとつはこれから訪ねる場所についてのあらかじめの情報集めである。
この二つのパターンしか最初は考えていなかったのだが三つ目が旅の途中から浮かび上がってきた。

それはここクロアチアおよびユーゴスラヴィアの近代デザインについてである。
これは当初ほとんど予期しなかったことだが、ザグレブで偶然「ツェニート」復刻に遭遇したり、ソボルさんマイーダさんがたまたまこちらの美術やデザイン関係者と親しいというのもあって、成り行き上始まったことである。しかしどうしても会話の壁があって興味はあるものの少し腰が引けていたのだ。そもそも日本語でさえ僕は知らない人といきなり話をするのがすこぶる苦手である。
しかしソボルさんやマイーダさんがそんなこと気にするなとしきりに言うので、重い腰がすこし持ち上がったところ。
どうなるか分からないが9月にはザグレブを再訪することにした。

0824 RIJEKA散策 晩夏

ウォーミングアップを兼ねて久々の散歩に出る。

全く無目的で。丘を降りて海へ。 

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海岸ではまだまだ夏が頑張っています。

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ここで5月7日にこの奥にある廃墟にソボルさんに連れて行ってもらった時、電池切れで写真が撮れなかったことを思い出す。

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第二次大戦中、このコンクリートの中に兵士が入れられて鉄砲を撃っていたという。

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0823 東京と交信 7時間の孤独

何日か前に東京の大田君からメールでノイラート展一周年記念パーティーをするので先生スカイプで交信して下さいという連絡があった。ノイラート展に関しては以下を参照して下さい。

http://www.otakio.net/neurath/

http://www.vcd.musabi.ac.jp/%7Ekurokawa/070910_neurath/neurath.html

確かに去年はこれで大変な一年だったよなあとか、まだ一年しか経ってないのかとか思いつつ、苦楽を共にした仲間からの要請なので、昼夜逆転して寝不足であったが東京と交信することになった。

こちらは昼の1時。向こうは夜の8時である。もう大分前からパーティーは始まっているらしく酒も入り盛り上がっている様子だ。しかし予期していなかったのはこちらの画像を向こうの教室の大スクリーンに写していたことであった。大田君はそのような段取りに関しては何の連絡もしてくれなかった。こちらには小さなパソコンの小さな画面しか写らない。当然向こうもそうだと思っていたのだ。メンバーたちは私の寝ぼけたでかい顔を見ただけで喜んでいた様子であるがこれはかなり不公平である。まるで地球と交信する宇宙飛行士の孤独というのでしょうか、そんな気分になりました。

しかも何か責任を感じてそこにいる全員と話さなきゃと思いましたが一対多数の会話というのはなかなか難しいものです。つい「○○さん、お元気ですか?会社の仕事慣れましたか?」といったばかな質問しか出てこない。

しかも向こうは酒が入っているのにこちらは素面だし、それがこちらの孤独感を増幅させます。大田君と黒ちゃんはこの企画の思いつき自体に満足したのか話そっちのけで何かもぐもぐ食っているし。

何故か「先生、お休みしないのですか?」と皆、似たような質問を繰り返す。

「いやだから、この旅自体が長いお休みをもらっているようなものだから、お休みのお休みはないのだよ」と答える僕。

「あ、そうなんだ…。」


要するにこのブログを読んで僕の体調のことを心配してくれているのですね。

交信中は恥ずかしくて言えませんでしたが、ありがとう。かなり元気になってきましたよ。後半もがんばっていきます。

皆も僕のでかい顔を画面で拝めたことだし、弱音をはかず社会人がんばりなさい。


話ながら時差というのは距離のことなのだと当たり前の事ながら思った。

時間は空間であるということがリアルである。

谷川俊太郎さんの詩に四千億光年の孤独というのがあるが、僕の場合この日は7時間分の孤独をちょっぴり感じました。

0822 情報渇望症の日々

相変わらず家に籠り調べもの、時々ネットでオリンピックを覗く。


この旅以前はインターネットのニュースを読む事などほとんどなかったのだが、今回初めて真剣にネットでオリンピックのニュースをいろいろ読んだ。
が残念ながらどれも中途半端でつまらない。文章も杜撰である。ネット上のニュースのあり方というのはもっと改良されても良いような気がする。(これまた簡単ではなさそうだけど)特に大手新聞社のネットニュースには失望させられることが多かった。まあネットに力を入れすぎると新聞本体が売れなくなるからだろうか。
また、ニュースに対して個人が勝手に意見を書き込んでいるのを読んでいると今度はあまりにも下品すぎて気持ちが悪い。ここには自由を身勝手だと勘違いしている人だらけである。
そのうちスカイプのようにインターネットとテレビが接合すると変わって来るのかもしれない。多分次のオリンピックの頃か。

唯一、今の現状でネットらしくて面白いと感じたのは糸井さんが主催しているネット新聞くらいのものだった。ちょっと変化球かもしれないけれど。やっぱり書籍と同じで情報にはちゃんとした編集とディレクションがなければだめなんだなあと痛感する。(もちろん書籍と同じという意味ではなく、そのメディアならではの)

サンシンとだんだん仲良くなって来た。
彼女も僕が命綱だということが分かって来たらしい。

0821 地味な夏休み

終日家に籠り、調べもの、データの整理、読書で過ぎていきます。


一昨日の日記で「自炊を楽しんでる」などと軽卒にも書いた罰が当たったかもう大変である。とにかく作るのはまあいいとして後片付けが…。要するに要領が悪いのだと思う。いちいち「さあ、つくるぞ」とか「さあ、かたづけなきゃ」とか意気込まなければ行動を起こせない質なのだ。(普段やってない証拠ですね)これに洗濯や水まきが加わるともう勉強の合間に家事をやってるのか、家事の合間に勉強やってるのか分からなくなって来る。どっちかというと後者。今までは家にいる時、勉強の息抜きに家事のお手伝いをさせてもらっていたということに気づかされる。
カミサンのありがたみを痛感しております。
また昼飯を作っていると(だいたいいつも3時くらいだが)ビールが無性に飲みたくなって来る。監視員がいないことを良い事に、ついつい誘惑に負けてしまう(こともある。)

まるでそれを見透かしたかのごとくえびりんから久しぶりに以下のメールが来た。
「自炊楽しみすぎて大きく育たないようお気を付け下さいませ」

全く女性の洞察力というのはおそろしい。

まあ、こういう日々が今年の僕の夏休みということで…。

0820 Trsat in construction

終日調べものなど。

マイーダさんに質問したユーゴスラビアのアヴァンギャルドの歴史について興味深い本を教えてもらった。その中のひとつ。Misko Suvakovic“The Impossible Histories”(MITプレス。これまでの私たちの視線の外側にあった東欧、中欧のアヴァンギャルドの今日までの展開。当然単純な「戦後共産主義下、社会主義リアリズム路線になってアヴァンギャルドはなくなりました」という話ではない。20世紀美術とデザインの見直しが本格的に始まったという印象を受ける。


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近所を散歩していてやたらと目につくのが改装中というか増築中の家だ。我が家のバルコニーからも3件見える。おもしろいのはその行程でこの春以降ほとんど進捗していない家が何件もあるのだ。中には2〜3年放置しているようなものまで。手作りなのだろうか。日曜大工の感じだろうか。素人の僕が見てもなんか危なっかしい気もするが逆に単純でわかりやすい。コルビジェの近代建築5原則だかで有名な柱と床の構造体だけコンクリで作ってあとはレンガ。まるでレゴのようです。日本のように短期間に工務店が覆いをかけてさっさとやってしまうのとは大違いである。


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この家は住みながら改築が進行している。春からの主な変化は冷房装置が取り付けられた点だ。


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屋根にレンガが置いてある。これから二階を作るつもりらしい。でもそれじゃ構造的に無理がないかなあなどと他人事ながら心配している。僕がここにいる間には多分完成しないだろうけど。要チェック物件です。


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全ての家に使われていると言っても良いレンガ。中は細かい空洞である。


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これは歩いて10分くらいのところにあるリエカ美術大学の新築工事現場。かなり大々的な工事が行われている。大学の授業はどこでやっているのだろう。今は夏休みだが。ソボルさんからは大学の先生を紹介するよと言われているが今の所まだ「大学」に近寄る気がしないので訪問していない。「まあそのうちぼちぼちと」というニュアンスの英語がしゃべれる訳がないので多分伝わってないだろう。

そのうち授業風景などを見せてもらうことになるだろうと思う。


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多分リエカ美術大学の正門。


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昼間歩くと汗だくになるほど暑くても、夜が冷えるので何となく木々の色に秋の気配である。


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