0925 王立美術館とベルギー・バンド・デシネ・センター Musee Royal des Beaux-Arts /Centre Belge de la Bande Dessinee

朝から王立美術館とベルギー・バンド・デシネ・センター(ガイドブックでは漫画博物館となっているが少し違和感がある)を尋ねる。

王立美術館は15世紀から18世紀にかけてのフランドル派絵画の宝庫であり、また19世紀末から20世紀前半にかけてのコレクションもすばらしい。

オランダの静物画、ルーベンス、ダヴィッド「マラーの死」、ボッシュ、ブリューゲル「イカロスの墜落」、クラナッハ、メムリンク、ゴーギャン、スーラ、クノップフ、カルダー、アンソール、マグリット、デルボー、キリコ、エルンスト等等。美術館全体の雰囲気も大変ゴージャス?な感じである。


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ベルギー・バンド・デシネ・センターはその建築がアール・ヌーボーの巨匠、ヴィクト

ール・オルタによるものである。(元はデパート)

フランス語に翻訳された日本の漫画も見ることができる。


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タンタン


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タンタンの登場人物相関図


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この後、昨日荷物が届かなかったので最悪の場合(当分届かないか、紛失)を覚悟し、必要最低限の衣類などを買いに行くことにする。(着るものがほとんどないのだ)

はじめはガイドブックにあるデパートに行ったのだが靴下が一つで2500円くらいするので、「ふざけるな」と思い町を歩いて勘で探すことに。ベルギーのユニクロのようなところを探して(ユニクロよりも4倍くらい高いが)を見つけてなんとか購入。

でホテルに戻ると

なんと!荷物が戻って来ていた。

買い物は無駄となった。まあ得てしてこういう間が悪い時はこんなもんだよねと妻とため息。

後で電話で話をしたベルギー在住の方に話を聞くとベルギー空港は一日で100個荷物がなくなっているとのこと。

シンジラレナイ。

それで今回アリタリア航空倒産ショック(イタリアの国営にもかかわらず!)の混乱もあるのではないかとのこと。

2日で荷物が戻って来た僕らは幸運だったということらしい。

いや、本当に「やれやれ」ですわ。

0924 そして旅は続く。ゲント、神秘の子羊とピラネージを見る。Gent, Jan van Eyck and Piranesi

荷物がなくなったからといって旅を中断するわけにはいかない。

しかし今後の最悪の場合を想定して日程を若干変更。

予定よりも一日早く、今日はゲントに行くことにした。


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バーフ大聖堂


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東フランドルの中心地、ゲントはブリュッセルの西にありICで40分の距離である。

訪問の目的はバーフ大聖堂にあるヤン・ファン・アイク作「ゲント祭壇画」通称「神秘の仔羊」を見ることにある。これは油絵の具による絵画史上最高の部類に入ることはまちがいない。これはヤンの兄、フーベルトとの共作であるがフーベルトは謎の人物でほとんど知られていない。ヤンには他にも傑作が残されているがフーベルトはこの一点のみである。

今日一日この絵一点だけだとしても充分以上だと思える程の傑作であった。

聖バーフ教会も建築、装飾、空間ともにかなり素晴らしい。

地下にある博物館も想像以上に充実していた。


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写真は当然撮れないのでこれはイメージです。


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その後繊維ホールにある鐘楼に昇る。


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鐘楼の巨大なオルゴール。


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町の中心を流れるレイエ川にそって、中世からギルドによって栄えた町並み、市場を見、フランドル伯居城まで歩く。


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大肉市場内部


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フランドル伯居城


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ゲントのデザインミュージアムを偶然見つけたが時間がなく入れなかった。


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その後駅に歩いて戻る途中、1936年に建てられたアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデのゲント大学図書館を見る。正面に見えるのが図書館の高層部。


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最後は駅の近くにあるゲント美術館へ。

この美術館も展示空間、展示物ともに豊かである。

ボッシュ、アンソール、クノップフ、マグリットなどを見る。

しかし特筆すべきは特別展で何とピラネージの大展覧会をやっていたことだった。

まるで長旅をする私の為に用意されたような展覧会であった。ローマを巡りながらずっと「帰国したらピラネージをちゃんと見なきゃ」と密かに思い続けていたのだ。

ここでも何度か書いたがローマ人がローマに気づいた最初の人々の中に確実にピラネージはいたのだ。

これだけまとまったオリジナル(といっても大半は銅版画であるけれど)ピラネージを見ることはもうないのではないかと思う。

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ピラネージ


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「神秘の仔羊」といい、ピラネージといい至福の一日となった。

しかしこの日、失われた荷物は届けられなかった。


0923 ローマからブリュッセルへ BRUSSELS

午前中、ぎりぎりまで宿でブログの更新をした後、フィウミチーノ空港に向かう。

3時発の飛行機でベルギーのブリュッセルへ。約2時間の飛行である。


空港で大トラブルが発生。

なんと預けた二つの荷物のうちの一つが出てこない。これで空港に1時間以上足止めをくらう。

「多分、ローマで荷物が飛行機にちゃんと載せられていないのだろう、遅れて到着したらホテルまで運ぶから明日まで待て」という説明なので一応、明日を待つことにする。

そのバッグの中身はほとんどが衣類で、本当の貴重品は入ってなかったのは不幸中の幸いであった。

ブリュッセルはさすがに寒くしかも小糠雨である。

ホテルにチェックインした後、もう7時半になっていたが、とにかく元気を出してグラン・プラスまで散策し途中夕食をとる。

明日、荷物がちゃんと届くことを祈ろう。


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フィウミチーノ空港


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雨でしかも肌寒く、傷心のブリュッセル第一日目となった。


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グラン・プラス


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この街も24年ぶりである。

0922 ティボリの街、ヴィラ・アドリアーナ Tivoli Villa Adriana

午前中フィウミチーノ空港まで帰国する息子を送る。

約23日間、一緒に旅したのだがあっという間であった。
普通ならば親子でこんな長旅をすることはありえないことだ。おそらく一生に一度であろう、こういった機会が与えられたことに改めて深く感謝している。

一緒にいる間は別にどうということもないのだが、いなくなると急に寂しくなるものですね。


午後からはローマから東30kmのところにあるティボリという街へ行く。

ここは山の上にできた古い街である。


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ティボリからの眺め。


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ティボリの街よりもはるか昔、ふもとにヴィラ・アドリーナというローマ皇帝ハドリアヌスの別荘が作られた。今回はそこが目的地である。

ハドリアヌスはローマがまだ質実剛健だった時代の皇帝であり、ローマがもっとも広大に世界を支配した時代の人である。戦争と領土視察に明け暮れた人だが、とても広大な敷地にかつて自分が見た建築や景観(ギリシアやエジプトなど)を再現しようとこの別荘の建築を始めている。

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復元模型


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哲学者の間、読書室だったらしい。


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島のヴイラ(海の劇場)


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彩色回廊。ここは柱廊に囲まれていた。


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右上側が彩色回廊


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小浴場


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大浴場


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博物館


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カノプスと呼ばれる池と神殿


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ニンフェウム(セラーピスの神殿)


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倉庫、商店、兵舎


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大浴場内側


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養殖池と消防士の宿舎


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ドーリス式付柱の門


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皇帝の宮殿からティボリの丘を見る。


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皇帝専用図書館。この他にギリシア語図書館、ラテン語図書館が別にある。


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皇帝の食堂


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皇帝のテラスからの眺め。


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0920 Musei Vaticani 2

今日のローマは快晴である。 

再びバチカンへ。

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市バスでスペイン広場へ。夕刻大変な人だかりである。サンクティス設計による有名な階段を昇りトリニタ・ディ・モンティ教会へ。

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地下鉄のフラミニオ駅そばで夕食をとりトラムに乗ってサッカー・スタジアムへ。約20分ほど。

ローマ対レッジーナの試合は3対0でローマの勝ちであった。

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0919 アンコーナからローマへ

フェリーは朝7時に定刻通りアンコーナの港に到着。

アンコーナ情報は全くなく少し不安であった。港から駅までの距離、所要時間もよく分からない。
タクシーで駅に移動し、7時50分の列車に乗ることができた。
これを逃すと次の列車は12時頃になってしまうのだ。

ローマに12時少し前に無事到着。宿に荷物を置いて市街へ出る。
あいにくの雨となった。
テルミニで遅めの昼食をとり、息子は初めてなのでまずは大雑把に街を見て歩くことにした。
ヴェネチア広場からコルソ通りを歩いてコロンナ広場へ。
ここで翌日(土曜日)のサッカーの試合のチケットを購入。
歩いてパンテオンまで行き近くの、サン・ルイージ・デイ・フラチェージ教会でカラヴァッジョの傑作3点連作を見る。やっぱり何度見ても素晴らしい。
次に国立アルテンプス宮で彫刻を見る。(ルドヴィシの玉座のあるところ)
ナボナ広場に出て、広場に面したサンタ・ニェーゼ・イン・アゴーネ教会に入る。
ここは初めて内部を見る。
次にバスでコロッセオに行き、外観をながめる。
最後にテルミニ駅のスーパーで買い物をして宿に戻る。
今回は前回とダブるので写真は少なめです。
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アンコーナの港

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ローマ再訪。

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コロンナ広場にある、サッカーチームローマのチケット売り場。

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パンテオン、天窓から雨が降っていた。

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国立アルテンプス宮

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サンタ・ニェーゼ・イン・アゴーネ教会

0918 Salona サロナ遺跡

早朝、まずスプリットの北5km、市街からもほど近いソリン(solin)、かつてサロナと呼ばれた遺跡に行く。

ここはローマ帝国ダルマチア(バルカン半島西岸地域)の州都であったところである。
ジュリアス・シーザーの時代ここはローマに組み入れられたのである。

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向こうに見えるのはスプリット市街。

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向こうに見える山と遺跡の関係から、ローマ人が都市を建設する場所のパターンが分かるような気がする。

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サロナ遺跡の後、以下スプリット考古学博物館へ。
ここはクロアチアで最も古い博物館で1820年の開館である。
他のミュージアムにも言えることでかつ特筆すべきと思うのはここスプリットのmuseum はどこも古い建物と新しい内装のバランスが大変良い。クロアチアの中でも頭抜けて洗練されているように感じる。多分理由はあるはずだが現時点の私には分からない。

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穴空きのサンダイヤル。初めて見ます。

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ここからまた宮殿内に戻り散策。

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前庭のドーム。

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20世紀のスプリットの人々。
ここからは宮殿内にある民俗学博物館。ここも内装、展示ともレヴェルが高い。

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こういうのを見せられるとバルカン半島に限らずいかにオスマントルコの影響がヨーロッパに強くあったかということになると思われる。にもかかわらず現在のヨーロッパの人々はそれを忘れ去りたい過去にしようとしている気もする。
なにせ今やユーロに加われば勝ち組ですもの。
湾岸戦争以降の出来事もそのような文脈で読み直す必要があると思いました。僕個人の感想ですが。

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これは特別展。最近アドリア海で発見された青銅のアポロを修復した記念展。その様子が詳しくドキュメントされていた。

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僕は歴史学の専門家ではないが、歴史とは固定化されたものではなくて今の発見から(あるいは未来の新たな知見から)常に更新されるべき世界だと考えると、とても魅力的な学問だと思えます。

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海底に沈んでいたアポロ。

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ここからまた宮殿内散策。

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城壁

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港。

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ここからアンコーナへ向かうフェリーの船上。

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9時にスプリットを出航。

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今日は僕の51回目の誕生日。僕の知らない間に妻と長男が用意してくれたプレゼント。

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モバイルのサンダイヤル!
これは私がいかに方向音痴であるかを示しています。
また東京にいる次男からもうれしいお祝いの言葉をもらいました。
本当に有難いことだと思います。
しかし、この年齢になって(情けないことに僕は)誕生日というのは人から祝ってもらったりする日ではなく、自分を生み育ててくれた両親に感謝すべき日なのだと「やっと」実感するようになりました。

0917 Split スプリット

今日はプリトヴィッツェから南下し、クロアチア第二の都市スプリットへ向かう。

バスは予定を30分遅れてやってきた。結局1時間程待たされる。10時15分に出発。
バスは西南に向かいアドリア海の港町ザダールに出た後、湾岸沿いに南下していく。
途中の景色は大変美しい。やはり世界遺産でもある、美しいシーベニックの港も通り過ぎる。
このあたりは世界で最も美しい海岸としてバーナード・ショーやヒッチコックなどが誉め讃えていることでも知られる。
冬の気候から一転して再び夏に戻る。
予定より1時間遅れて4時にスプリットに到着。

港町スプリットの旧市街は、かつてのローマ皇帝ディオクレティアヌス(ローマ帝政後期)が隠居するために作った宮殿が中世以降そのまま街となったところで、城壁に囲まれ内側は215メートルから180メートルのこじんまりとした空間である。(その成り立ちのユニークさから世界遺産となった)

私たちは着いてすぐにこの街が気に入った。

理由はこの街のベースがキリスト教以降ではなく、それよりも以前にある点だと思う。

ローマ時代の遺構はかなり破壊され、あるいはかなりの部分が中世以降の建築物に覆われているものの、古代の雰囲気が充分残っていることによる。

クロアチアの一都市というよりもあきらかに地中海のギリシア人による植民都市的な印象が強く感じられる。

むしろ地形、自然ともにトルコの西南岸、ギリシアのポリスを彷彿とさせる。

宿は旧市街つまり宮殿内にあったので荷物を置き、早速迷路のような宮殿内を散策。

大聖堂(ディオクレティアヌスの霊廟)、宮殿の地下(イスタンブールの地下宮殿ほどではないにせよ、ここもかなりの規模でありしかもしっかり残っている。)、その後夜の9時まで開いている市立博物館へ。


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プリトヴィッツェ、バス停そば。


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やっぱりこの風景はギリシア、トルコを思い出させます。


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ここからスプリット。


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ディオクレティアヌスの宮殿


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地下宮殿の一部。ショップになっている。


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宮殿復元図。約1700年前


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以下地下宮殿


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大聖堂(ディオクレティアヌスの霊廟)と鐘楼。


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鐘楼の鐘


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鐘楼からの眺め


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大聖堂内にある宝物庫


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大聖堂内部は素晴らしい構造体であるが撮影不許可なので天井のみ。


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礼拝室天井


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ここから宮殿内にある市立博物館


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宮殿、城壁


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港。


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0916 Plitvicka プリトヴィッツェ湖群国立公園

朝6時、バスセンター発のバスでプリトヴィッツェ国立公園へ。途中、ミニバスへの乗り換え等があり、当初3時間と聞いていたが結局4~5時間を要する。

ここクロアチアは交通事情に関しては正直に言ってかなり劣悪である。まず鉄道があまり発達しておらずしかも貨物がメインなので普通の旅客便が大変少ない。その点はトルコ、ギリシアと同様であるが、替わりに長距離バス網が発達しているのに比してクロアチアは全く貧弱であり、またそのルートは大変分かりにくい。
例えばプリトヴェッツェに行くにしても観光地(世界遺産)にもかかわらず、リエカからは朝6時のバス一本しかない。そんなはずはないだろう、乗り換え等を含めれば、本当はあるはずだと思いバスセンターやインフォメーションでもさんざん調べたり聞いたりしたがどうやらやっぱり一本しかないようなのだ。

10数年前のユーゴスラヴィアからの独立戦争の影響がまだ残っているせいなのかよくは分からない。


今回行くプリトヴィッツェもその戦場となった世界遺産であり危機リストにも加えられていた。途中、廃墟になった住宅がいまだに痛々しく残っている。

この国立自然公園は約400メートルの高低差の中に(階段状に)大小16の湖があり、それらを92カ所の滝が結んでいるのだ。途中、ボートとエコロジーバスを利用するが約7時間のハイキングである。

ここはバルカン半島の内陸部に位置するため、いきなり気温は10度以下となった。日本で言えば12月の気候、時折雨がぱらぱらと降るあいにくの天気であったものの湖は大変美しく変化に富み見応えがあった。

湖のそばのムキエネ村の宿に泊まる。

夕食には大きな川魚が出た。


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内戦の傷跡


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0915 旅の支度

町に出てバスセンターとフェリー会社に行き切符を購入。

終日、明日からの旅の支度。

息子のリエカでの滞在もこの日で最後となる。