1227 荷物の顛末

午前中、荷物が届いたとの連絡があり、マイーダさんの車でダリンカさんと共に街の郵便局へ。

なんと荷物は三つに分けて送ったらしいのであるが一つはぼろぼろに壊れて原型を留めず、もう一つは完全に行方不明となっていた。僕の心配が結局は的中した。送られた本は皆水に濡れたようで傷がついてよれよれになっている。
最もショックだったのは8枚のDVDが全て失われていたことである。
ここ数日、この荷物のことが心配で頭を悩ませていたが最悪の事態である。
郵便局の説明などは長くなるので省略するがクロアチアに到着した時点でこのような状態だったという説明であった。
何とも言いようがない。
N先生が無理して送って下さった次の便が無事である事を祈るのみとなった。

今日の夕食は森田さんが手料理を作ってくれ、ごちそうになった。
(かれはドイツで一人暮らしであるが食事はしっかり自分でつくっているとのこと。さすがに上手です。)
今回、彼とは作家活動について、これまで受けた美術教育について、サウンドデザインについて他、ゆっくりと沢山の話ができてとても良い刺激を受けました。

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1226 ダルマチアのクリスマス

クリスマスというのは25日と26日の二日ということを知った。

森田さんは午前中からひとりでリエカ探索のため家を出ている。

お昼過ぎ、日本で忘年会をやっているK先生、O先生からメッセージがJ先生の携帯から届く。
僕らの健康を祈念して乾杯をして下さったとのこと。
感謝感激です。
つられて昼間から僕もワインが飲みたくなったがそうもいかない。午後からソボルさんがやってきて僕の講義用英文の添削作業をいっしょにやる。まじめに英語の勉強です。

夕方、大家のダリンカさんにダルマチア式クリスマスのパーティーに招かれる。
マイーダさんの妹のイヴァさん一家も帰省してきてにぎやかである。ユーリッチさんもダリンカさんも孫に会えて嬉しくてしょうがないといった感じ。こういうのは世界共通のことですね。
長時間かけてタラで作ったパテ、自家製のパン、生ハム、オリーブ漬けをワインでいただく。
遅れて帰宅した森田さんも合流する。

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1225 静かなクリスマス

昨日のイブもそうだが、クリスマスといっても街はとても静かである。どちらかというと日本のお正月の朝の雰囲気に近い。

このクリスマスの期間、街には東京のように騒々しい、ジングルベル他クリスマスソングなど流れていなかったし、フジヤのケーキを売ってるような風景は皆無である。

昨日の夕方は街ではカフェに若干人がいて、流しのような人と演歌のような民族音楽を皆で歌っているくらいであった。
ドイツのクリスマスマーケットでも同様に静かで、東京というか日本がいかに音が野放しになっているかを実感させられる。
森田さんがサウンドデザインが専門なのでそのことについていろいろ考えさせられた。

今日は午前中いつものように森田さんを近くのお城と教会、街の中心まで案内した。後は彼は自由に歩き回ることになっている。
僕はその後自宅で勉強。

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夜は目が覚める程の強風であるが昼間は良い天気である。トルサット城にて。

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トルサットの聖母教会にはお参りの人が沢山いた。


1224 クリスマスに届きそうにない荷物。

とっくに届いているはずの荷物が届いてない事に昨日から憂慮している。1月のこちらでの講義の為に送ってもらった資料である。

昨日、今日と東京のN先生にメールし確認してもらう。先生が確認した結果、送付を頼んだ大学のある部署が、なるべく早く確実にと依頼したにもかかわらず、普通航空便で送った事が判明。これでは現在荷物がどこにあるのか確認もできないのだ。中には大事な書籍やDVDに納められた映像作品もあるのに信じられないことでショックを受ける。

年末にザグレブ芸大のアニメーションを教えている先生に会う予定で、そのためにもかなり以前から依頼していたものだったのだ。

その後、今日になって経過を知りあきれたN先生とゴンちゃんがなんと再度荷物を梱包し送付し直す作業をして下さったと連絡が入る。

彼らが僕にとって今年のサンタさんになってしまった。全く申し訳なく、言葉もないとはこのことだ。

夕方ザグレブからやってくる森田さんをリエカ駅に迎えに行く。

以前ここにも記しているが森田さんとはリンツで出会い、ベルリン芸大サウンドデザイン科を訪ねた際お世話になっている。彼は今回ザグレブで行われた「TOUCH ME HERE」というユニークな展覧会に招待され23日まで展示していたのだ。その展覧会を今日撤収し我が家に寄ってくれるのだ。


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森田さんの作品がポスターになっていた。随分人が来て熱気のある展覧会になったそうだ。

1223 アドリア海の光

早朝の飛行機にてケルン・ボン空港からリエカ空港へ。 

普段は飛んでないのだが、クリスマス帰省用の特別便でほぼ満席であった。
旅先で購入したり、頂いたりした本で荷物が異常に重くはなったものの無事帰還。
私たちが出かける前と打って変わって、クロアチアはここ数日好天に恵まれていたらしい。
朝からすでに夕方の気配を漂わせているようなドイツからアルプスを超えてこちら側に来ると、その光がこうも違うのかと思う程の差異があることに驚く。ゲーテに限らず、北方ヨーロッパの人間が南に憧れる理由が実感としてよくわかった。劇的といっても良いくらいだ。ドイツではつい「もっと光を!」と言いたくなるような暗さだったのだ。
しかも今日はここに住んでるダリンカさんでさえ「素晴らしい眺め!」とわざわざ言うに相応しい変幻自在のアドリア海の海と空の色であった。
帰ったら洗濯機が何故か故障していた。クリスマス休暇で修理も頼めず、3階の大家さんの洗濯機を借りる。

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飛行場のあるクルック島を渡る。海がまるで湖のように静かで空よりも明るく光っているのだ。

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小春日和といっても良いような暖かさである。

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1222 ケルン

翌日の帰りの飛行機が早朝なのでフランクフルトからケルンへ列車で移動。

夕方街を散策。

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ケルン大聖堂

1221 モダンアートミュージアム、応用工芸博物館、ドイツ建築博物館 Museum für Moderne kunst, Museum für Angewandte kunst, Architekurmuseum

午前中トラムに乗って、モダンアートミュージアムへ。ここの建築はホラインである。常設展が目的だったのだが、何と全館を使用して村上隆氏の大展覧会をやっていた。実は僕は彼の作品をこれまでほとんど見た事がない。こういう機会でもなければ見る事はないだろうから結果的には良かったと思う。(全く自慢にはならないが僕は普段日本では出不精の上、ここ10年近くの日本の現代美術の動向に全く疎いのである。)

その後、応用工芸美術館、建築博物館を見る。

フランクフルトには他にも自然史博物館、前史先史博物館、シルン美術館、世界文化博物館と面白そうなミュージアムがあったのだが、まあ二日ならばこんなところであきらめるしかない。

……グーテンベルク博物館にもう一度行くべきだったかもしれない。


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以下モダンアートミュージアム。最初見た時MURAKAMIという名の商社ビルだと思いました。


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左手はシルン美術館。マグリットをやっていた。


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以下応用工芸美術館。家具などのモダンデザインとアジアを含めた世界の工芸の紹介。


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以下建築博物館。ここは期待が大きかっただけにちょっと…。建物は3つの階層に分かれ2007年度の高層建築世界一のコンペ、エコロジーと建築をテーマにした100の提案、最新のヨーロッパ各都市の都市計画といったものであるがどれも中途半端というか、雑誌の特集を読まされているような気がした。


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常設展らしいところで世界の都市の歴史の模型を展示しており、これはおもしろいかと思ったが途中で尻切れとんぼになってしまった。今回の旅で私たちの行った場所の模型があったのは個人的には興味深かったが。


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疲れ果てて足を引きずりながらの帰路
となった。


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橋の向こうがシュテーデル美術館、ミュージアム通り。


1220 シュテーデル美術館、ドイツコミュニケーション博物館、ドイツ映画博物館 Städelmuseum, Museum für Kommunikation, Filmmuseum

フランクフルトにも見るべき場所は多い。またここもデュッセルドルフ同様日本人を数多くみかける。ホテルでたまたま話した年配の夫婦はドイツのクリスマス・マーケットを見るという目的で来ているとの事。

僕らも行く先々でマーケットは覗いてみたがそういう目的を持った旅もあるのだと変な感心をした。

朝マイン川を渡り川沿いにあるシュテーデル美術館に行く。この通りは美術館通りと言われていて沢山のミュージアムが並んでいて私たちのような旅行者にはとても便利な場所である。

シュテーデルはドイツ国内でもかなり立派な美術館である。中世から近代までバランスよく作品を収蔵している。フェルメール、ヤンファンアイク、デューラー、ホルバイン、クラナッハ、ボッティチェリ、フランジェリコ、ティエポロ、ラファエロ、レンブラント、ボッシュ、ルノワール、モネ、マネ、ベックマン、キルヒナーなど。特筆すべきは特別展で謎の多い画家といわれるファン・デル・ウェイデンをやっていたことだ。周辺の画家、ヤン・ファン・アイクなどを同時に配置した素晴らしい展示であった。

その後ドイツコミュニケーション博物館、ドイツ映画博物館(両方とも書き出すと長くなるので詳細省略)を見て、美術館を出たら7時であった。

昨日に引き続きかなり疲労困憊する。

腰の調子が少しおかしい。


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以下シュテーデル美術館


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ファイニンガー


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クレー


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ベックリン

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キーファー


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リヒター


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トーマス・バイルレ。バイルレさんは14-5年前になるが特別講師として学校に来て頂いたことがある。


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バイルレ


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バイルレ


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以下ドイツコミュニケーション博物館。ここは「子供の城」(青山)と通信博物館が合体したような内容であった。


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以下ドイツ映画博物館


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日本にゴジラがあるように、ドイツにはメトロポリスのあの…。


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1219 マチルダの丘とグーテンベルクミュージアム Mathildenhöhe, Gutenberg Museum

朝、早めに宿を出て電車でダルムシュタットへ向かう。約40分ほど。小雨まじりでかなり寒い。

ここダルムシュタットの工科大学でエル・リシツキーは建築を学んでいる。

彼はサンクトペテルブルクの芸術大学を受験したがユダヤ人という理由で入学できず、ここダルムシュタットに留学したのだった。1909年頃である。彼はここで建築家のヨーゼフ・マリア・オルブリヒに学ぶことになる。

ダルムシュタットの街の中心にある工科大学をさらに丘の方に昇ると、19世紀末から20世紀初頭にダルムシュタット大公ルードウィヒが、ドイツ各地から芸術家を招聘し作った芸術家村がある。それらの中心にいたのがオルブリヒである。この丘の中心はルードウィヒの結婚を記念して作られた結婚記念塔であり、その横に芸術家コロニー美術館がある。周辺にはロシア建築家ベノイの造ったロシア教会、オルブリヒの自邸や彼が設計した住宅、ペーター・ベーレンスによるベーレンスハウスなど、ドイツにおけるアール・ヌーボー様式=ユーゲント・シュティール建築の見本市のような場所である。

リシツキーはここで多感な学生時代を過ごしている。彼は学生時代、電車と自転車で遠くパリにまでエッフェル塔を見にいっており、既に卒業のころはオルビリヒの影響を脱してベーレンスによるユーゲント・シュティール後、つまりモダニズムの影響を受けていたようである。結局1914年に勃発した第一次大戦の混乱の中ロシアに戻る事になるのだが…。

結婚記念塔横の美術館では「ロシア1900」という展覧会が行われていた。図録が大部だったのでDVDを購入した。

本当はダルムシュタットとマインツを一日ずつ訪問しようと考えていたのだが、いつもの「月曜日問題」にぶつかる為、一日で二つの街に行く強行軍となった。


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マチルダの丘


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ロシア教会


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結婚記念塔


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塔上からの眺め。


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我々が訪ねた時ちょうど結婚式が行われていた。


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今回の旅は何故かカメレオンに縁があるようだ。


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オルブリヒハウス


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ハウス・ダイタース(オルブリヒ)

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グリュッケルトハウス(オルブリヒ)

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ベーレンスハウス(ベーレンス)


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現在のダルムシュタット工科大学。考えてみればリシツキーがいたのは100年前で、そのあいだに第二次大戦もあり、ここダルムシュタットも相当な戦災にあっているからその当時の面影はもう見えないのかもしれない。しかし、それを求めて彷徨う私だった。


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ダルムシュタットのマチルダの丘の後、電車で40分程のマインツに移動。

マインツはグーテンベルクミュージアムを訪ねることが目的である。まあローロッパに来てここに来ないと何となく落ち着かないので、何と言うか僕にとっての「お伊勢参り」「富士山登頂」のようなものでしょうか。僕は富士山には登った事はありませんが。

美術館は5時に閉まったため2時間では到底充分ではなかったがまあやむを得ない。外に出ると暗くなっていたがクリスマスの市で街は賑わっている。皆が飲んでいる飲み物を頼んだら「ホットワイン」のようなものだった。

かなり歩き回ったのでくたびれた。


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ここは写真撮影ができなかったのでイメージはない。却って良かったかも知れない。写真撮影が可ならば予定を変えて「明日また来る」と言っていたであろう。


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マインツのクリスマス・マーケット。各都市ごとに見ているので私たちはクリスマスマーケット評論家になれそうである。


1218 フランクフルト

デュッセルドルフを午前中に出てフランクフルトへ向かう。電車で約2時間半。

フランクフルトを拠点にしてマインツとダルムシュタットを訪れるのが今回の目的である。

ホテルは駅の側で、到着して外に出ると雨模様で薄暗い。

街の中心部まで歩き、クリスマスの市を見る。


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