1229 ミラン・トレンツ一家来訪。

朝方、大学が冬休みになって僕の九州の実家に帰省した長男のセッティングで、小倉の両親の自宅とスカイプがつながった。4月の出発以来はじめて両親、帰省している姉ファミリーとも肉声で話ができた。この旅のあいだ、このブログが手紙代わりということでメールもたまーにしか送ってないので久々の交信である。

いくらしゃべっても電話代がかからないなんて、どうもピンとこないですね。

ともあれ久々に声がきけ、元気そうなので良かった。

親はこちらがいくつになっても親で、ハラハラしながら旅を見守ってくれていることを痛感。

記憶に残っている親父のひと言は「夫婦仲良くしろよ」でした。

夕方ザグレブからトレンツさん一家が車で無事来訪。途中、高速道路は凍結していたそうで心配する。

ミランさんはクロアチアでコミック作家、アニメーターとして活躍後ニューヨークに移動、彼の地でもイラストレーター、絵本作家として活躍。現在はザグレブに戻り、活動のかたわらザグレブ芸大、アニメーション・ニューメディアコースで映像ディレクションの教授をしている。映画「ナイトミュージアム」の原作絵本の作家としても有名である。今回大学から無理をして資料を送ってもらったのも、このミランさんを通してザグレブ芸大とクロアチアのアニメーション協会などとアニメーションや映像教育に関する交流を行う為であった。(旧ユーゴスラビア時代からここはアニメーションが盛んなところなのです)

奥さんのアキコさんは前回ここにも書いたが114日ザグレブのHDLUクロアチア芸術協会美術館のフランチェスキさん、コレクターのスダッチさんを訪ねたおり通訳をして下さった方である。

https://wst.esporre.net/terayamawp/wp-content/uploads/old/2008/11/

始めはアキコさんの旦那さんがトレンツさんであるとは全く知らなかったわけで、全く不思議なご縁を感じます。リエカもそうだがザグレブも僕にとって不思議な出会いに満ちた都市である。

アキコさんには正月のザグレブ芸大での僕のレクチャーでもまた厚かましくも通訳をお願いしている。

前回から話に出ていたザダールのシーオルガンを見に行く計画が今回実現したのだ。


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トレンツ一家

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アキコさんは日本でデザイナーをした後、アメリカのシアトル、ニューヨークで作家として活動。子育てが一段落した後、ここクロアチアで活動を再開されたという。写真は彼女から送ってもらったもので5月の展覧会の様子。これは3年がかりのプロジェクトでスロベニアとの国境沿いの村の伝統工芸者とのコラボレーション作品である。レースによるテント。実見してはいないが途方もない時間をかけたインスタレーション作品である。

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1000本のボビンによって作られたテント。サウンドインスタレーションとして映像もあるようだ。

1228 年の差?

今日は森田さんのリエカでの滞在最終日となる。彼は朝早く家を出てクルック島、バシュカに向かう。

我々は家に籠りそれぞれの仕事。僕は少し風邪気味。
森田さんは東京出身だけど中高生時代は東北や北海道で育ったという。そのせいか雪が恋しくて、最初はインフォメーションセンターでもらった地図にあったリエカ近くの「アドリア海が見れるスキー場」に行きたいと考えたのだったが、例のごとくバス便が皆無で断念。それでクルックに変更したのだった。
夕方帰って来た彼から話を聞くとなんとバシュカの山の上にある教会(私たちは行かなかった)まで行って来たとの事。あそこはかなり急な岩山でしかもこの寒風の中よく行けたものだとあきれる。
しかも彼はここに滞在中、毎日あのペタルクジッチの階段を平然と往復していたのだ。
私たちも旅先では年齢の割にはぎりぎりのところで、かなりハードに動き回っているつもりだが、30代なかばとはいえ彼の元気さに感心する。
「何事も身体で感じることが大事だと」と彼が言うのを聞いてやっぱり彫刻科出身だなあとも思う。
ともかくも彼はクロアチアの人も環境も気に入ったようで良かった。
来年はもっと良い季節に展覧会の予定があるとのこと。
春か夏に来れば多分もっと気に入るだろうと思う。