0224 アルハンブラ宮殿 palacio de la alhambra

終日アルハンブラ宮殿。

ここについてはいろいろ感想ありますが、書き出すときりがないので省略。

離宮へネラリフェ、パルタル庭園、王宮、アルカサバ、カルロス5世宮殿というルートで歩いた。


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冒頭で感想省略と書いたが、庭に関しての覚え書きを少々加えておく。

ここはかつてローマ人の作った神殿の上に、ムーア人が宮殿を造り、そこにレコンキスタ以降のスペイン人が手を加えている。だから今私たちが見ている庭が少なくともアルハンブラ造営時代のものかどうかが、はなはだあやしい。(ような気がする)

この500年の間にかなりフランス庭園化しているのではないか。

イスラムにとって庭は天国の楽園の象徴だったのでこのことはとても重要である。

私の印象はこの変形がどのようなものであったかを知る必要があるということだ。

現在の折衷された感じの庭は意外にも全然凄いとは思えなかった。

正直な所。

また、してはいけないとおもいつつ、桂離宮や修学院等など、とんでもなく洗練された庭文化を持ってしまった私たちからすれば…?という思いがどうしても去来してしまうのだった。

0223 グラナダ散策

例のごとく月曜日は美術館等はお休みなので町の散策へ。

夜は町の北東でアラブの統治下にできたグラナダ最古の街並が残るアルバイシン地区を歩く。


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以下、町の中心にあるカテドラル。1518年モスクの跡に作られ、工事は1704年まで続いたが未完。折衷様式でプラテレスコ様式というそうだが柱と天井のバランスが大変美しい。またパイプオルガンの巨大さに驚いた。実際演奏されていた。


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パイプオルガン


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アルハンブラ宮殿の裏側?


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向こうに見えるのはシェラ・ネヴァダの山脈。


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科学博物館


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ガルシア・ロルカ公園


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闘牛場


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以下、王室礼拝堂


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0222 グラナダへ。granada

アルヘシラスから列車で約5時間、グラナダへ移動。

ここもアンダルシア地方の中心的都市である。
ローマ時代から栄え、モーロ人(イスラム教)のイベリア半島支配時代はコルドバ同様繁栄した古い町である。
またイスラム最後の王朝が築いたアルハンブラ宮殿がある。

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旅をしているのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのだが、沢山いろんなものを見、感じているわけだ。それらの中には自分の頭や気分のなかでふわふわと転がしていたいものがあるにもかかわらず、旅の時間は否応なく進行するのでなんとも気持ちの整理が難しい。
ブログの更新が遅れるのは物理的な時間のなさもあるがむしろ、気持ちの問題も大きい。
今日のような電車での移動はそういった意味でパソコンで写真を整理したり、日記をつけたりするのに格好の時間となる。
うまく気持ちが切り替わるかと言うとそんなもんじゃあないのだが、とにかく過去を振り返る時間に充当することができるのだ。
しかしバスでの移動の場合、ノートブックの画面を見ていると気持ちが悪くなって来るのでこれができない。
ポルトガルをへてスペインに入って結構日が過ぎたのでその印象も書いてみたい気もするがなかなか手が進まず。

そういえば一昨日の夜の映画はこれも未見の「ノーカントリー」というもので、途中から見たがなかなか面白かった。CMも放映中には入らない。その前の「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」といいスペインのTV局はセンスがあるなあと思う。

0221 ジブラルタル、ターリクの山からアフリカ大陸を見る。その後闘牛。gibraltar, uk. corrida de toros.

アルヘシラスからバスに乗って40分でジブラルタル海峡に飛び出した岬、ジブラルタルに行く。ここはイギリス領で軍事上の要衝である。一応国境がありパスポートコントロールもある。ここは免税価格で買い物ができる町なので週末にはスペイン人が買い物にやってきて賑わう町だ。だから国境と言っても物々しさは全くない。私たちの目的はこの岬を象徴する岩山ターリクの山に登り、ジブラルタル海峡を見る事であった。少し曇りがちな天候であったがかすかにアフリカ大陸を見る事ができた。

ここからの眺めは絶景である。

その後アルヘシラスに戻り、夕方の5時から町の闘牛場で闘牛を見る事ができた。前にも書いたがまだ季節ではないので無理だと思っていたが幸運だった。

感想は長くなりそうなので省略。


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向こうに見えるターリクの山。


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この岩山全体は自然公園になっていて野生の猿の生息地として有名である。


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向こうに微かに見えるのがアフリカ大陸。


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右手がアルヘシラスの港。


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山を下りて岬の先端、灯台から山振り返る。


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決闘というのか試合というのか戦いというのか、5試合見たのだが、スタジアムが急に冷え込んで来て我慢の限界だったので我々は闘牛場を後にした。

まだ続きそうな感じであった。

またこの日は週末なので町中ではサッカーの試合で盛り上がっていた。




0220 ジブラルタル海峡を渡りスークを歩き回る。tanger, morocco

朝から曇りで雨模様。

朝10時の高速艇に乗ってアルヘシラスの港からアフリカ大陸の対岸セウタへ渡る。約1時間(ジブラルタル海峡の幅は15キロ)。

セウタはまだわずかな土地がスペイン領でそこを通り過ぎるとモロッコへの国境がある。

まずセウタ近くのテトゥアンの町を尋ねる。迷路のような複雑なスーク(市場)やユダヤ人街などを歩き回る。昼食。

その後車でタンジェ(タンジール)へ。

ここで絵を描いたマティスのこと、作家のポール・ボウルズ、ウイリアム・バロウズのことを考えながら。

その後、再びセウタまで戻りアルヘシラスへ戻る。

タンジェやテトゥアンは悪質な客引きで有名であるが、エジプトに比べれば全然かわいいものだ。モロッコの人気(じんき)は総じて良いように思う。

約12時間の日帰り旅行であった。


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0219 アルへシラスへ。algeciras

連日の疲れがかなりたまってきた。

このブログの更新も滞っている。

それでも今日は移動日なので昼までホテルで写真の整理などを行ってタクシーでバスセンターへ。

13時のバスでアルヘシラスへ向かう。約3時間半。

アルヘシラスはスペインの最南端に近く、アフリカ大陸への起点となる大きな港町である。

初めはこの後コルドバ行きを予定していたが、考えた末、気が変わったのだ。理由は省略。結果が吉と出るか凶と出るかはわからないけど。


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セヴィーリャのバスセンター


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途中、相当大規模な風力発電地域があった。


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夜、宿のテレビをつけたら映画が放送されていて、あまりにも映像が美しく夫婦で見とれてしまった。スペイン語に吹き替えられているがアメリカ映画であることは分った。見た事のない映画である。しかしその映画がただものではないことは60秒くらい見てれば分るものだ。その後1時間程見たが気になってネットで調べてみた。

「石油掘りの男の映画」で検索すると一発で出た。「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」(これは何と訳すのだろうか?)というタイトルであった。昨年の春以降の日本公開らしいので知らなかったことに納得。日本に帰ったらちゃんと見てみたいと思う。

例によって話はどうだか分らないが撮影がすこぶる美しい。言葉が少ないのも好ましい。

多分若い監督だと思うが巨匠の風格であった。

0218 海洋博物館、考古学博物館、民俗博物館。

セヴィーリャの旧市街の外側を流れるグアダルキビル川沿いを歩いて、南にある考古学博物館、民俗博物館に向かう。3~4キロ程だろうか。

途中、3つの橋を見、海洋博物館になっている黄金の塔に寄る。


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左手にマエストランサ闘牛場を見る。今は闘牛の季節ではないらしい。


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黄金の塔


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内部


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塔の上から町を見る。右手が旧市街。


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広大なマリア・ルイサ庭園内にある考古学博物館、正面。


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ここにあるローマ時代のものは多くが先日行ったイタリカからの出土である。


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その後昼食を挟み向かい側にある民俗博物館へ。


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その後トラムやバスなどの適当な交通機関もないので再び歩いて宿まで戻ることに。

途中バスセンターで翌日の移動の確認、スペイン広場、カテドラルのある旧市街で夕食をとり、ホテルに戻る。

昨日の遺跡歩きも相当なものだったが今日も少し歩き過ぎて足が痛くなる。

全部で12〜3キロくらいだろうか、あるいはもっとか。朝ホテルを出て食事時と時たまの休憩以外はずっと立ちっぱなし、歩きっぱなしである。

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以下スペイン広場


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0217 イタリカ遺跡とセヴィーリャ美術館

セヴィーリャから9キロ離れたところに古代ローマ時代の遺跡、イタリカがあり、午前中バスで出かける。この遺跡は紀元前206年に築かれた大都市である。

詳述する時間はないがこの時期ローマはカルタゴ、あのハンニバルとの激闘を繰り返していた(第二次ポエニ戦争)。この後(イベリア半島征服=地中海の完全覇権掌握によって)ローマは本当の世界帝国になっていくのであるがこの都市はそのポエニ戦争の最中につくられたものである。
またここはあのトラヤヌス帝、ハドリアヌス帝が生まれた場所でもある。つまりトラヤヌスはローマ貴族出身ではなくローマ帝国内属領出身の最初の皇帝になった人でもある。
私たちはローマの遺跡に来ると何故か元気になる。妻の風邪も完全に回復したようだ。
ローマ人が都市を築く場所は常にその地域における最高の場所だからだと思う。
昔の東洋人ならば風水的に最高の地というだろう。
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ホテル前の路上にて。

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以下イタリカ遺跡。この遺跡は広大である。幸いにして周辺が都市化されていないためこのような完全な形で残ったのだと思う。発掘されているのは全体の10分の1(あるいはそれ以下)程度ではないかと推測する。
何もない所でもかつての都市の空間全体の広さを感じる事ができるのが素晴らしい。

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未発掘の場所

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手前が発掘されていて向こうは土に埋められている。

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円形劇場

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その後セヴィーリャの町に戻り、美術館へ。
17世紀に建てられた修道院だったところ。アンダルシア地方の画家の作品が集められている。
ムリーリョを筆頭にスルバラン、ベラスケス、バチェーコ、その他近代の作家まで。

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0216 セヴィーリャ、アンダルシアの州都へ。sevilla, andalucia

ファーロからバスでスペイン、アンダルシア地方の州都セヴィーリャに移動。バスで3時間(+時差1時間)。

スペイン南部のアンダルシアは闘牛やフラメンコなどスペインの中でも最もスペインらしいところと言われる。ジブラルタル海峡を挟んでアフリカ大陸も近く、その文化的な影響も色濃い。

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ポルトガルとスペインの国境の川、グアディアナ川を渡る。


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以下セヴィーリャ市街。

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市役所広場

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ヒラルダの塔、先端。ヒラルダとは風見のこと。

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セヴィーリャの歴史的象徴のひとつ、カテドラルとヒラルダの塔。
詳述する時間はないが、712年のモーロ人(=ムーア人=アフリカのイスラム)に征服されたイベリア半島(その中心地がセヴィーリャであった)がその後レコンキスタによって再びキリスト教に再征服される。このカテドラルにはイスラムが残した塔やオレンジの中庭と、レコンキスタ後に作られた巨大な(ヨーロッパ全土でサン・ピエトロ、セント・ポールに次いで3番目の大きさ)聖堂が合体している。
確かに巨大だが、威圧感はあまり感じない。これが大変不思議というか、普通の聖堂が持つシンメトリーが微妙にはずされた空間、結果的に中心軸をずらした空間になっていて興味深い。
これをイスラムとキリストの調和と言うべきかどうか知らないし、ましてやポストモダン的というと語弊がありそうだけれども、僕にとっては「結果的に出来てしまった」ようなその全体の構成が大変面白く、とても好ましい空間であった。

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オレンジの中庭

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0215 市場、新市街、考古学博物館、ベンジャミン・バトン。Benjamin Button

今日は日曜日。

最初に訪れた郷土博物館が休みで出鼻を挫かれる。ガイドブックの記載と異なるのだ。これは大変残念。その後旧市街の外側に広がる新市街を散歩し市場などに行き、旧市街にある考古学博物館へ。内部は写真不可だった。
その後、時間が余ったので昨日僕は見れなかった例の夕焼けを見た後、映画に行く事にした。
町の映画館ではアメリカ映画を2本やっていて「ベンジャミン・バトン」というのを見た。
大きなスクリーンで見るのはヴェネツィア映画祭以来なので久々である。
字幕はポルトガル語。英語がもちろんちゃんとは分らない。なのでひたすら画面を凝視し内容を追うことになる。こういった見方は不便ではあるけど、他方意外と面白みもあるのだ。映像のリズムとかトーンのようなものに普段よりも意識が行かざるを得ないのだ。日本だとどうしても字幕に意識が行き過ぎるのだ。
なので感想を書くのは少し憚られるのだが、この特殊な見方においてこの映画の感想を述べておこう。
まず最初に出て来るケイト・ブランシェットのメーキャップが、かつて見たコッポラの「ドラキュラ」ゲイリー・オールドマンのメーキャップそのままで、はじめは別のホラー映画の宣伝だと思ったくらいだ。(もしドラキュラを見てない方はぜ確認してみて下さい)
それから想起される事はドラキュラも不死を主題にしており、時間と逆行して若返るというこの映画とはつながっているのだ。
で、結局はケイト・ブランシェットの醜いメーキャップは、欧米人の老いに対する強烈な潜在恐怖が図らずも露呈しているのだと解釈せざるを得ないのだ。

画面を見ながら「老いる事はそんなに醜い事なのか?」という問いが最初から出て来て困る。
(クロサワの「乱」における老いもそういえば醜かったなあ。しかしこの映画においては老いと誕生は一つに結ばなきゃならないんじゃないか?アジアでは鶴亀の例の様に老いはめでたいことなのだ)
この映画の中ではベンジャミンの育ての母親の存在感が頭抜けて良いし、船でロシアに行くエピソードなど時々ファンタジックな部分もあるものの、戦後の描き方はいきなり平板になってしまう(つまりこの映画の比較的良い部分は、時間と逆行して生きざるを得ないベンジャミンと基本的にはあまり関係のない所で展開する)。
そして結局やたらと長い。長過ぎる。母親(ブランシェット)と娘の何度も繰り返す挿入シーンなどは全く不要ではないのか。
ニューオリンズのあのハリケーンにダブらせる必然性はあったのだろうか。
観客は後半ひたすらブラット・ピットが若返ること(CG加工やメーキャップ)に意識を向けられていく。これも本来の主題とは関係のない事だ。世界中の人間がブラット・ピットの若返りに固唾をのむなんてちょっと倒錯的な感じがしました。
以上、言葉の理解なしの見地から見た無謀な批評でした。実際はどんなに凡作であったって映画を見れただけで楽しかったんですけど。
まあこの監督「エイリアン3」の時から相性が良くないようだ。もしこの映画が好きな人がいたら許して下さい。

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考古学博物館

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オウムを背負って夕日を見に来る男。

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奇妙な偶然。映画「ベンジャミン・バトン」でこれと全く同じ構図の画面が二度登場する。映画の方は朝だったけれど。